マドを作る人

勤務先は、毎年一回オープンキャンパスをおこなっている。5月末か6月初頭の土日があてられ、今年は6月2日、3日の金、土曜日である。二日間で計3000人以上の見学者があって、かつても今もここで新たな研究が立ち上がる。いまは、もう少し社会に開かれ、近隣の小学生や遠方から理系の高校生が遠足気分でやってくる。大学院しかない建築系は、ここで志望者の訪問をうけ、品定めをする。

 

研究室ごとに、目下の研究を披露する、というのが義務であり、権利でもある。今年の2月に林憲吾さんが講師として着任して研究室をもったことから、今年はふたつの研究室が合同でテーマを決めた。タイトルは、「マドの進化系統学:Window Phylogeny ホモ・フェネストラトール(マドを作るひと)」というもので、YKKAPからの助成でおこなっている研究の成果の一端である。以下に、その全体像を示す概要文を転載する。

 

ここでやりたかったのは、ここ10年くらい関心をもっている世界の建築をどのようにひとつ枠組みで語れるかという問いへの暫定的な回答を示すことである。時間軸(人類の発生以後、現在まで)、空間軸(全球)の建造環境(建物や土木、都市計画など)を語っていくという試みはこれまで世界中に数多くあるが、作り手を顕彰するためにその成果(建物など)を並べていくカタログになりがちである。

 

偶然、YKKAPの窓研究所からの研究依頼があったことからマドについて考え始めた。総合地球環境学研究所で地球環境、地域環境に関心を寄せていたこともあって、マドを切り口に世界の見取り図を示したらどうだろうか、という考えに至った。つまり、人間は、マドを作ることによって人間になった、という仮説、いや妄想である。30枚くらいのパネルと模型の展示である。ここでは、人間そのものがマドの作り手であるとの設定である。建築家だけへの称賛ではない。

 

9月の終わりには、スパイラルで行われるYKKAP窓研究所設立10周年記念イベントにも展示する。10月からは、同じテーマで、半公開で12回ほどの大学院での講義をおこなう。忙しいのは嫌なのだが、最後の踏ん張りをしないと致し方ないかなあ。

 

以下、転載(文責村松)

マドの進化系統学:Window Phylogeny  ホモ・フェネストラトール(マドを作るひと)
5部 村松・林憲吾研究室

1.マドを作るひと(ホモ・フェネストラトール)

ホモ・サピエンス(賢いひと)とは、リンネが「自然の体系」(1758)で提唱した人間に対する種名であり、人間を他の種属とは異なる点を「賢い」という点に込めた結果である。以来、ホモ・ファーベル(作るひと)(ベルクソン,1907)、ホモ・ルーベンス(遊ぶひと)(ホイジンガ,1938)と、それぞれの時代の人間観を反映しつつ人間の本質をひとつの言葉に集約して、代わる代わる命名がなされた。

マドは、人間と環境との相互作用を、物理的に、あるいは非物理的に制御する装置である定義すると、実は、マドを作るという行為こそが、現代の人間の在り方を象徴しているのではないか、と私たちは考えている。そこで、ラテン語の窓を意味する「fenestra」 に作るひとという語尾「ator」 を付け、「homo fenestrator」(ホモ・フェネストラトール/マドを作るひと)を、この時代の人間の本質を示す種名として提示したい。

2.マドの進化系統学(Window Phylogeny)

 しかし、マドは、常にひとつであったわけではない。分化し、進化してきた。マドが発明された時点で、ひとは初めてひととなった(マドの誕生前後)。そして、そののち、気候、生態、地勢などによる地域生態圏に影響されつつ、マドは変異をくりかえしていった(地域生態圏社会のマド)。やがて、ひとは地域生態の持つさまざまな制約を乗り越え、マドによって、エネルギー、時間、空間、欲望、環境を制御し、均質で快適な生活を求めていった(成長社会のマド)。しかし、人間の数が増大し、欲望が無限に拡大することによって、地球という有限体のもつ環境収容力をはるかに超えてしまっている。この時必要なのは、定常型社会とそれを実現する定常型社会のマドなのである(定常型社会のマド)。これを突き詰める学問が、マドの進化系統学(Window Phylogeny)である。

3.本プロジェクトの主旨

本プロジェクトは、本生産技術研究所、人間・社会系部門に属する村松研究室、林憲吾研究室が共同で実施しているものであり、ここ数年の成果を提示する。私たちは、都市、建築、社会基盤施設などを包含する建造環境(built environment)を、人類の発生以前まで、また、地球全体にまで跳躍し、観察・分析・比較することによって、現代社会、未来に示唆を述べるという研究手法を採用している。

マドというのは一見、些細な対象にしか見えないかもしれない。しかし、この些細な事象の中に、人類の今後に資する多様な知恵が詰まっている。過去という異なる時間や地球の異なる空間は、その私たちのゴールに多大な知恵を与えてくれる壮大な宝庫なのである。そして、マドの進化系統学が行き着く先は、まったく新たなマドを作り出すことにある。